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新発売 ビートルズ サージェント 50周年 解説 その7 ~レコードの時代~

2017年06月08日 [ BATLES lp Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band アルバム サージェント ビートルズ ペッパー ペパー リミックス レコード 感想 歌詞 解説 50周年 ]

■全世界で統一された初めてのアルバム

 

英国盤のオリジナルアルバム

“Sgt.Pepper’s Lonely Hearts Club Band”は

50年前の1967年6月1日に発売されました。

 

モノラル盤とステレオ盤、

二種類のミックスでの同時発売。

 

ビートルズとしては初めて

曲順が統一されたアルバムになります。

 

モノラル盤とは、

一つのチャンネルに録音される方式。

 

スピーカーが2つあっても

左右からまったく同じ音が聴こえます。

 

米国ではキャピタルというレコード会社が

サージェント以前のアルバムを、

ビートルズ側に断りを入れず、

勝手に、曲順を変え、

アルバムの構成を変更して発売していました。

 

その結果、

当時のビートルズの

アルバムとシングルのタイトル数は、

本国イギリスより米国の方が上回っていました。

 

理由は簡単。

 

商業的な観点で、「出せば売れるから」です。

 

当然、ビートルズはアルバムの曲順を

勝手に変えられることを嫌っていました。

 

サージェントはビートルズが望んでいた、

全世界で統一された初のアルバムです。

 

(しかし実際は・・・米国では最後のインナー・グルーヴをカットして発売。)

 




 

新発売 ビートルズ サージェント 50周年 解説 その7 ~レコードの時代~

■実体験、モノラル・ミックスの衝撃!

 

日本でのサージェントの発売は

1967年7月5日にステレオ版のみでした。

 

当時、モノラル版を聴くには

輸入盤を購入するしかありませんでした。

 

私も初めて聴いたサージェントは

LPレコードのステレオ版、

1981年で丸刈りの中学生(懐かしい~)。

 

 

モノラル盤の存在も知らないし、

もし存在を知っていても

少ないお小遣いでは手が出なかったでしょう。

その後、モノラル版を聴くことができたのは

 

約20年後の2004年11月吉日。

待望の英国盤を入手。

(”It was twenty years ago.”でなくて”after”でした。)

 

それに合わせて中古レコードプレーヤーを購入。

 

英国オリジナル盤 1967

 

次に60年代に製造さえた

GE社製モノラルのレコード針をヤフオクで落札。

 

トータルでかなりの出費、妻には内緒。

 

ワクワクしながら盤に針を落とすと、

予想を超えた衝撃が走る。

 

重量感のある低音、前後に広がる音の定位、

終わりなきインナー・グルーヴ。

 

馴染みの無かったモノラル・ミックスが

とても新鮮。

 

しかも音の鮮度が違う!

妻に音が「うるさい」と言われても

まったく気にならない程、

ご機嫌だったことを覚えています。

 

しかし、一生の宝物を手に入れた感動は、

そんなにも長続きはしませんでした。

 

なんと2009年にCDモノ・リマスターが、

しかも更なる追い打ち、

2014年にはレコードでMONO BOXが発売。

 

アップルはなんて、

こんなにも商売が上手なのでしょう...。

 




 

新発売 ビートルズ サージェント 50周年 解説 その7 ~レコードの時代~

■日本では馴染みの薄かったサージェントモノラル版レコード

 

当時、なぜ?

日本ではサージェントのモノラル盤が

発売されなかったのでしょうか?

 

参考:当初日本で発売されたモノアルバムの一例

『ビートルズ!』1964年4月15日発売

『ビートルズ No.2!』1964年6月15日発売

『ビートルズ No.5!』1965年5月5日発売

 

1960年代日本は高度成長期、所得も上昇。

 

そんな機運に第一次オーディオブームが起こった。

 

既に1960年はステレオ電蓄の全盛期。

 

家具調の木製キャビネットに収められた

オーディオシステムが大流行。

 

1963年にはNHK-FMの実験放送がはじまり、

FMチューナーが単体で販売される頃には、

セパレート・ステレオが全盛を迎える。

 

もしかすると60年代にステレオシステムの普及率が

一番高かったのは日本だったのかもしれない。

 

こう考えると当時オデオン(東芝音工)は

日本でモノラル版を発売しても

マーケットにそぐわない。

 

だから当時、日本では

サージェントのモノラル版は発売されなかった。

 

という訳で、ほとんどの日本人は

「ビートルズが認めたミックス」サージェントの

モノラル版を聴く機会が無かったのです。

 

 

 

新発売 ビートルズ サージェント 50周年 解説 その7 ~レコードの時代~

■サブマスターがやってきた

(80年代)ヤァ!ヤァ!ヤァ!

 

日本で聴く機会に恵まれなかった

幻のモノラル・ミックスはやがて

「神格化」される。

 

一部でもマーケットが望めば、商品は市場に出る。

 

そして機は熟す!

 

ついに国内で1982年(黒帯)、

レッドワックスと呼ばれた

日本特有の赤いカラーレコードで限定発売された。

 

その後、1986年(赤帯)にも発売。

 

通称「赤盤」。

 

日本独自のモノラル赤盤(86年発売)

 

 

日本で発売した他のアルバムやシングルにも

「赤盤」は多数存在しています。

 

通常の黒いレコードより音が良いとされ、

国内外のマニア間では高値で取引されている。

(私はこの盤の存在を2007年ごろに知る。)

 

この日本のモノラル盤が作られるときに

英国からサブのマスターテープがやってきた。

 

わざわざ日本のレコード会社のために

マスターテープから直に

コピーをしたサブマスター。

 

しかもモノラル盤の全アルバム分。

 

日本にやってきたのはまさに奇跡。

 

ヤァ!ヤァ!ヤァ!

 

マスターを一世代目、

サブマスターを二世代目とすれば、

それまで日本に送られてきたテープは

おそらく、最高で三世代目以降だったはず。

 

少しでも損傷を控えるために

当時からマスターテープの使用頻度は

最低限に抑えられていました。

 

英国で保管されているマスターテープには

いつ取り出して、何のために使ったかが

記録され、厳重に管理されています。

 

当然、日本向けにコピーされた記録も

残っていました。

 

 




 

新発売 ビートルズ サージェント 50周年 解説 その7 ~レコードの時代~

■まとめ

 

84年まで日本では発売され無かった

サージェントのモノラル盤レコード。

 

国内ではステレオの普及が早く

モノラル盤の発売は必要なかった。

 

英国盤のモノラル盤の評価が高いこともあって、

80年代日本でも赤盤で発売された。

 

その時に日本盤モノラルレコードを作るために

サブマスターが日本にやって来た。

 

マスターテープは門外不出。

 

だって「世界遺産」級のモノだから。

 

そんなマスターテープを

今回のリミックス作業で

思う存分、聴くことができた

ジャイルスは本当にうらやましい!

 

ジャイルズ・マーティンは

50周年盤のプロデューサー。

しかも最高級の音楽再生環境で。

 

今日も最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございます。

 

あなたもビートルズのマスターテープを

聴きたいと思いませんか?

 

 


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